王子田楽 2026年9月27に開催

王子田楽 2026年9月27に開催
  1. 王子田楽入門──東京に残った、魔を踏む中世の踊り
  2. 王子田楽とは
  3. 見に行くためには? 基本情報
  4. 見どころ
    1. 花笠
    2. 動き
  5. 王子田楽が珍しい理由
    1. 七度半(しちどはん)
    2. 鎧武者
    3. 一番「中門口」
    4. 目的が豊作ではなく魔除け
  6. 12番の演目
    1. 王子田楽(田楽舞十二番)の構成一覧
  7. 用語ミニ解説
  8. 他の田楽とどう違う?
  9. 見に行くときのポイント
  10. 歴史:途絶えた「幻の田楽」を取り戻すまで
    1. 起源
    2. 江戸時代
    3. 明治から現代へ
  11. 【王子田楽】のよくある質問(FAQ)
    1. 2026年の開催は?
    2. 王子田楽の目的は何ですか?
    3. 王子田楽の踊り手や登場人物にはどのような役割がありますか?
    4. 王子田楽で使用される花笠にはどのような特徴がありますか?
    5. 儀礼に登場する「七度半」とは何ですか?
    6. 鎧武者である「四魔帰武者」が帯びている太刀の意味は何ですか?
    7. 王子田楽の演目である「中門口」とはどのような内容ですか?
    8. 王子田楽を締めくくる演目「子魔帰」にはどのような意味がありますか?
    9. 王子田楽はなぜ一度途絶えて「幻の田楽」と呼ばれたのですか?
    10. 王子田楽は民俗芸能として専門家からどのように評価されていますか?
    11. 江戸時代の王子田楽はどのような歴史を持っていますか?
    12. 王子田楽を境内で見学する際の注意点は何ですか?
  12. おわりに
  13. 王子さんぽ:田楽とあわせて寄りたい場所

王子田楽入門──東京に残った、魔を踏む中世の踊り

令和8年(2026年)の王子田楽は9月27日の16:00から開催です。
http://ojijinja.tokyo.jp/

天候や担い手の都合で変わることがあるため、出かける前に王子神社、北区の観光情報、飛鳥山博物館などで最新情報を確認してください。

 

夏の王子神社(東京都北区)で、赤い紙垂(しで)を下げた花笠の子どもたちが、鎧武者に守られながら踊ります。これが王子田楽(おうじでんがく)です。

鎌倉時代元亨2年(1322年)前後から行われていて、昭和19年(1944年)に中止。昭和58年(1983年)に復興を果たしました。

 

田楽と聞くと、田植えや豊作を祈る素朴な芸能が一般的です。

ところが王子田楽の目的は農耕の予祝ではなく、魔を退け、災いを除くことです。神を招き、武者が守り、門の前で顔を見せて、最後に魔を返す。

この王子田楽では、中世の作法が一続きの神事として今も残っています。

この記事では、初めて見る人でも追えるように、基本情報、歴史、見どころ、12番の演目、文化財としての位置づけ、見学のコツまで順にまとめます。

 

 

王子田楽とは

王子神社の祭礼に奉納される田楽躍りで、1987年に北区指定無形民俗文化財になりました。

  • 踊り手:小中学生8人。先頭の2人が神童役の「子魔帰(こまがえし)」、残る6人が花笠の舞童です。
  • 楽器:踊り手はびんざさら(薄い板を束ねた打楽器)、鼓、小太鼓を持ち、笛と大太鼓の囃子に合わせて、二列や輪になって躍ります。
  • 護衛:鎧武者3人が一行を守ります。
  • 目的:魔事・災難除け。赤い紙垂の花笠も、魔を伏せる意味だと伝えられています。

 

 

見に行くためには? 基本情報

項目内容
場所王子神社(東京都北区王子本町1-1-12)
アクセスJR京浜東北線・東京メトロ南北線「王子駅」から徒歩約3分
時期例年は8月初旬の例大祭(槍祭)。夕方4時半前後から約1時間
内容行列のあと、境内で奉納
料金無料

戦前は、踊りの終わりに花笠を観衆へ投げ、奪い合う「喧嘩祭り」として知られていました。現在は、菓子や手ぬぐいをまく福まきに変わっています。

 

 

見どころ

花笠

牡丹に桜をあしらい、赤い紙垂を垂らした花笠が最大の見どころです。

戦前は五色でしたが、魔を伏せる赤一色にしたとも伝えられます。先頭2人の笠はとんがり烏帽子風で、6人の舞童は平たい花笠です。

 

動き

くくり袴の華やかな装束で、びんざさらを腰や手で打ち鳴らしながら、二列に分かれ、交差し、輪になります。上下に跳ねて地面の魔を踏む、と解釈されることもあります。

ただ華やかなだけではありません。陰陽を表す二列の対列や、反閇(へんばい)と呼ばれる地を踏む呪的な歩法など、中世の考え方が目に見える形になっています。

 

 

王子田楽が珍しい理由

踊りだけなら、全国にまだ数十例あります。

王子田楽が特別なのは、招き・警護・退魔の神事が一続きで残っているからです。

 

七度半(しちどはん)

七度半(しちどはん)

王子田楽での七度半の場面、神社の使者が田楽の一行を迎えに行き、断られては戻る往復を七度半くり返したのち、ようやく境内へお招きするという神を迎える儀礼です。

神様の一行を迎えるには、礼を尽くして何度もお願いする丁寧さが大切にされていると考えられます。
迎える側の誠意と、迎えられる側の格の高さを、往復のくり返しによって表現しています。

これの意味が分からないと、ぐるぐるとただ走っているだけに思えます。※経験談

白い衣装が神社の使いで、神様ご一行は、地元の子ども達がつとめています。

 

鎧武者

鎧武者
  • 露払い武者
  • 四魔帰(しまき)武者

四魔帰は各自が太刀を7本帯び、大きな力、多くの力を象徴します。熊野の田楽にもこの偉容はないと言われます。田楽に武装した護衛が付く姿は、今では珍しい中世のかたちです。

 

一番「中門口」

平安時代、田楽の一行が貴族の屋敷の門内に入り、一人ずつ前に出て芸を見せました。

その名残が番組の先頭に残っています。田楽固有の名称が今も使われている例は稀で、参道で顔見せするように踊られることもあります。

 

目的が豊作ではなく魔除け

12番の名前には、農耕を示す語がありません。主役は子魔帰で、槍祭の御槍ともつながり、開運除災の神事として一貫しています。

神社側は「古式のほぼ全てを有する」としています。踊りが美しいだけでなく、式の骨格ごと残っていることが、研究者から「標本的な田楽」と評される理由です。

 

12番の演目

毎年12番すべてを演じるわけではなく、その一部を選んで上演することもあります。
名前を眺めるだけでも雰囲気が伝わります。

  • 中門口(ちゅうもんぐち):舞台の下で門前の顔見せ
  • 道行腰筰(みちゆきこしざさら):進みながら腰ささらを鳴らす
  • 行違腰筰(ゆきちがいこしざさら):列が交差する
  • 背筰腰筰(せずりこしざさら):背でささらを扱う
  • 中居腰筰(なかいこしざさら):中央の位置取り
  • 三拍子腰筰(みつびょうしこしざさら)
  • 黙礼腰筰(もくれいこしざさら)
  • 捻三度(ひねりさんど):体を三度ひねる
  • 中立腰筰(なかだちこしざさら)
  • 搗筰腰筰(つきざさらこしざさら):ささらを搗く
  • 筰流(ささらながし)
  • 子魔帰(こまがえし):魔を返す締めの番

 

王子田楽(田楽舞十二番)の構成一覧

王子神社例大祭で奉納される国指定重要無形民俗文化財「王子田楽(田楽舞十二番)」の各演目の詳細一覧です。8名の踊り手が花笠を被り、腰に付けた「びんざさら(腰筰)」を打ち鳴らしながら隊列を変化させ、魔を祓い清めていく構成になっています。

順序演目名(読み)舞・所作の内容役割・意味合い
1中門口(ちゅうもんぐち)門前の顔見せ。踊り手が舞台(あるいは注連縄の内側)へ入場し、全員が揃って姿を現す。舞の導入・神前への名乗り。
2道行腰筰(みちゆきこしざさら)列を成して前進・移動しながら、腰に構えたささらを調子よく打ち鳴らす。舞台上の所定位置への進行。
3行違腰筰(ゆきちがいこしざさら)2列または左右に分かれた踊り手同士が、互い違いに交差し合う。隊列の転換と動きの展開。
4背筰腰筰(せずりこしざさら)体を反らせたり背後へ回すようにして、背側でささらを擦り合わせるように扱う。高度な所作による技の披露。
5中居腰筰(なかいこしざさら)踊り手たちが中央の位置(中居)へ集まり、陣形を整えてささらを鳴らす。場の中心を固める所作。
6三拍子腰筰(みつびょうしこしざさら)三拍子の明快なリズムに合わせて、軽快にささらを打ち鳴らし足を踏む。リズムの緩急・躍動感の創出。
7黙礼腰筰(もくれいこしざさら)神前や周囲に対して頭を下げ、静かに礼を尽くしながらささらを操作する。神霊への敬意と静の表現。
8捻三度(ひねりさんど)体を左右や前後に三度ひねる大きな身振りを交えて舞う。厄を振り払う清めの身振り。
9中立腰筰(なかだちこしざさら)中央の踊り手(中立ち)を軸として立ち上がり、周囲と連動してささらを鳴らす。隊列の核を中心とした調和。
10搗筰腰筰(つきざさらこしざさら)ささらを餅を搗く(つく)ように上下に力強く打ち下ろす。大地を踏み固め、邪気を鎮める所作。
11筰流(ささらながし)ささらを滑らかに流すように連動させ、音の波をつくる。滞りを流し去るクライマックスの導入。
12子魔帰(こまがえし)舞の締めくくりとして、入り込んだ魔や邪霊を完全に元の場所へ追い返す。結界を完成させ、無病息災を祈る大団円。

解説の補足ポイント

・腰筰(こしざさら)について:木片を紐で連ねた楽器「びんざさら」のことで、両手で開閉させてジャラジャラと独特の音を響かせます。

・王子田楽の目的:五穀豊穣を願う一般的な農村田楽と異なり、悪魔退散・厄除け(魔除け)の色彩が非常に強い点が大きな特徴です。最後の「子魔帰」によってすべての邪気が祓われます。

・「腰筰(こしささら)」が多いのは、びんざさらを腰まわりで鳴らす型が中心だからです。細かな振付は、1988年の『王子田楽総合調査報告書』に記録されています。

 

 

用語ミニ解説

  • 田楽:平安〜中世に流行した芸能。田植えの囃しから発展し、寺社の祭礼や貴族の邸宅でも演じられた。
  • びんざさら:薄い木の板を紐で束ねた楽器。振ったり打ち合わせたりして、「シャッ」と乾いた音を出す。
  • 紙垂(しで):神事で使う、折った白い(ここでは赤い)紙の飾り。
  • 反閇(へんばい):地を踏んで邪気を払う呪的な歩法。
  • 勧請(かんじょう):別の土地の神を分けて迎え、祀ること。

 

 

他の田楽とどう違う?

研究・保存の現場での評価
指定の段階より一段高く評価されています。芸能研究者である本田安次が調査会会長として大部の報告書を残し、区指定の学術的裏付けになりました。

本田安次による王子田楽の評価「日本のかけがえもない文化財が亡くなろうとしていたときに復興できて日本のためにも良かった」「無形の国宝がここに助かったということは感動にたえません」「ここの田楽は諸国随一立派といえます」と述べています。

 

全国の田楽は大きく、すりささらを使う囃子田系と、びんざさらで躍る躍り系に分かれます。王子は後者で、躍り系自体、現存は50か所前後と言われます。

その中でも王子は、次の特徴の組み合わせが他と重なりません。

  • 神事(奉納神事)である
  • 豊作の劇ではなく、退魔の術である
  • 七度半がある
  • 七本太刀の武者がいる
  • 徳川将軍家(徳川家光)による装束の庇護・改新
  • 戦後40年の断絶から蘇った

同じ「田楽」でも、目的も式も見た目も別物と思って見ると、違いがわかりやすくなります。

  

 

見に行くときのポイント

  1. 行列から見る。 武者と花笠の一行が参道を進む時点で、もう神事が始まっています。
  2. 七度半を知っておく。 ただの待ち時間が、「簡単には招かれない」儀礼に見えてきます。
  3. 中門口は「門の芸」。 舞台の上だけが本番ではなく、参道での顔見せにも注目です。
  4. 最後の子魔帰まで見る。 何のための踊りだったかが、ここで腑に落ちます。
  5. 暑さ対策をする。 真夏の夕方でも暑く、水分補給や帽子は必須です。荒天や猛暑で変更・中止になる年もあるので、当日朝まで公式情報を確認してください。
  6. 場所取りは早めに。 境内は広くないため、見やすい位置を狙うなら少し早めに着くと安心です。

 

 

歴史:途絶えた「幻の田楽」を取り戻すまで

起源

始まりは1322年(元亨2年)と伝えられます。この一帯を治めた豊島氏が、紀州熊野の若一王子神を勧請して神社を建てました。土地の名が「王子」になったのもこのときで、田楽もそのころ始まったとされます。

芸の姿を見ると、熊野から直接伝わったというより、鎌倉の武家文化が運んできたとする見方もあります。豊島氏は幕府と近く、執権・北条高時が田楽に熱中した時代でもありました。

 

江戸時代

江戸の人々にも知られた祭りで、小林一茶が次の句を詠んでいます。

鑓やらん いざいざおどれ 里わらわ

「お槍のお守りをあげるから、さあさあ、見事に踊っておくれ、里の子どもたちよ」といった感じの意味になります。

「鑓(やり)」は王子神社の御神符のことで、除災・開運のお守りとして授与されます。例大祭が「槍祭」と呼ばれる由来でもあります。

 

また、踊り手はもともと、別当寺・金輪寺の僧(稚児2人と若僧6人)でした。

徳川家光の時代には装束が西陣織になり、袴や花笠の飾りも華やかになります。保存の現場では、家光以前を「古田楽」、以降を「近世田楽」と呼び分けることがあります。

 

明治から現代へ

明治の神仏分離で、担い手は神社の氏子の子どもたちに変わりました。

しかし昭和19年、戦時下で中断します。空襲で衣裳も道具も失われ、約40年間途絶えたため、この時期は「幻の田楽」と呼ばれました。

転機は1983年、高木基雄氏(王子田楽衆代表)を代表とする地元有志による復興です。
東京文化財研究所刊行物リポジトリ

1987年には民俗芸能研究の第一人者・本田安次の検証を経て、北区指定となりました。

 

 

 

 

【王子田楽】のよくある質問(FAQ)

2026年の開催は?

📅2026年(令和8年)の王子田楽は、9月27日の16:00から開催される予定です。

天候や担い手の都合によって時間が変更される場合があるため、参拝前に王子神社公式サイト(http://ojijinja.tokyo.jp/

)などで最新の案内をご確認ください。

 

王子田楽の目的は何ですか?

🛡️王子田楽の目的は、魔事を退けて災難を除くことです。一般的な農村田楽のような五穀豊穣の祈願と違うのは大きな特徴です。

王子田楽の構成は神を招き、鎧武者が護衛し、門前で顔見せを行い、最後に魔を返すという一連の退魔儀礼として一貫しています。

詳しい歴史的背景は北区飛鳥山博物館の展示や資料でも確認できます。

 

王子田楽の踊り手や登場人物にはどのような役割がありますか?

👥王子田楽の踊り手は小中学生8名で構成され、先頭の2名が神童役の「子魔帰(こまがえし)」、残る6名が「舞童」を担当します。

舞童の一行の周囲には、場を清めて守護する「露払い武者」や太刀を7本帯びた「四魔帰(しまき)武者」など計3名の鎧武者が配置されます。

踊り手の装束や楽器の詳細はこちらをご覧ください。https://2machi.yokochou.com/den_top.html

 

王子田楽で使用される花笠にはどのような特徴がありますか?

🌸王子田楽の花笠は、牡丹や桜の造花をあしらい、魔を伏せる意味を持つ赤い紙垂(しで)を垂らしている点が特徴です。

先頭を務める神童2名はとんがり烏帽子風の笠を被り、後続の舞童6名は平たい花笠を着用します。

戦前は五色仕様でしたが、現在は魔除けの赤一色に統一されています。

 

儀礼に登場する「七度半」とは何ですか?

🚪七度半とは、神社側の使者が田楽衆を招くために社殿と田楽方の間を7回半往復し、8度目にようやく入場を許可する中世の招来作法です。

神聖な芸能や神仏を簡単には中へ入れないという厳格な儀礼を表しています。

全国の現存田楽の中でも七度半の古式を残す事例はごく少数です。

 

鎧武者である「四魔帰武者」が帯びている太刀の意味は何ですか?

⚔️四魔帰武者が各自7本もの太刀を帯びている理由は、強大な力や多数の神威を象徴して邪悪なものを威圧するためです。

田楽の行列に重武装の護衛が随伴する形態は、中世武家社会の影響を色濃く残す貴重な遺風とされています。

現地を訪れた際は武者の勇壮な装束にもご注目ください。

 

王子田楽の演目である「中門口」とはどのような内容ですか?

⛩️中門口(ちゅうもんぐち)とは、田楽舞十二番の最初に行われる演目で、舞台や注連縄の内側へ入る際の門前の顔見せを意味します。

平安時代に田楽の一行が貴族の屋敷の門内へ入り、1人ずつ芸を披露した歴史的作法に由来しています。

本番では参道を進みながら披露される導入の舞をご確認ください。

 

王子田楽を締めくくる演目「子魔帰」にはどのような意味がありますか?

✨子魔帰(こまがえし)とは、十二番の最後に舞われ、場に入り込んだ魔や邪霊を完全に元の場所へ追い返す完結の演目です。

神童役の子魔帰が中心となり、結界を完成させて無病息災をもたらす役割を果たします。

最後まで観覧することで魔除けの神事としての全容を実感できます。

 

王子田楽はなぜ一度途絶えて「幻の田楽」と呼ばれたのですか?

📜王子田楽は昭和19年の戦時下で中断を余儀なくされ、その後の東京大空襲によって装束や道具のすべてを焼失したためです。

終戦後も約40年間にわたり継承が途絶えていましたが、1983年に高木基雄氏を中心とする地元有志の手で復興されました。

復興の歩みは東京文化財研究所刊行物リポジトリ(https://www.tobunken.go.jp/)の調査記録にも残されています。

 

王子田楽は民俗芸能として専門家からどのように評価されていますか?

🏆民俗芸能研究者の本田安次氏により、式の骨格がほぼ完全に現存する標本的な田楽であり、諸国随一立派であると高く評価されました。

学術的な調査報告を経て、王子田楽は1987年に北区指定無形民俗文化財へ指定されています。

本田安次氏の調査論考は地域研究資料(http://2machi.yokochou.com/honda-com.html

)などに記録されています。

 

江戸時代の王子田楽はどのような歴史を持っていますか?

🏯徳川家光の時代に西陣織の装束や華やかな花笠へと改変され、この時期以降の形態は「近世田楽」と呼ばれています。

別当寺であった金輪寺の僧が舞手を務め、俳人の小林一茶が御神符を題材に句を詠むなど、江戸近郊の名物行事として親しまれました。

当時の文化的な背景を学ぶ際は飛鳥山博物館の常設展示室へお立ち寄りください。

 

王子田楽を境内で見学する際の注意点は何ですか?

☀️王子神社の境内は敷地が限られているため、見やすい場所を確保したい場合は開始時間より早めに到着する必要があります。

真夏の野外行事となる年が多いため、水分補給や帽子の着用など熱中症予防対策を整えてお出かけください。

 

 

おわりに

王子田楽は小さな祭りに見えて、中世の都市と武家と熊野信仰が折り重なった現場です。

花笠の赤を追うだけでも十分きれいですが、七度半や四魔帰の意味を知ってから見ると、同じ数十分がまったく違って見えます。

王子駅から歩いて数分。東京の北側には、門の前で芸を見せる田楽が、今も残っています。

資料:http://2machi.yokochou.com/honda-com.html

Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%AD%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%81%AE%E7%94%B0%E6%A5%BD

 

 

王子さんぽ:田楽とあわせて寄りたい場所

  • 飛鳥山公園・飛鳥山博物館:徒歩圏内。桜の名所で、博物館では北区の歴史や民俗を学べます。田楽関連の展示や体験講座が行われることもあります。
  • 王子稲荷神社:大晦日の「狐の行列」で知られる古社です。
  • 音無親水公園:王子駅近くの水辺の散策路で、江戸時代から名所として親しまれてきました。
  • 都電荒川線(東京さくらトラム):飛鳥山公園の近くを走る路面電車で、レトロな車窓を楽しめます。
  • サンスクエア:王子駅前のボウリングのピンが立っている建物。王子駅の再開発により取り壊しが決まっており、ゴルフやテニスなど近隣の営業も2027年3月あたりと発表されています。